ブルネレスキのたまご
コロンブスの卵という話がある。実はこの話には元ネタがある。それが『 ブルネレスキのたまご 』だ。
今回は、どんなことでも一番最初に思いつき行動に移すのは簡単じゃないっていう、ちょっとボヤキにも似た類のお話。
『 ブルネレスキのたまご 』とは、ルネッサンス最初の建築家 フィリッポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi, 1377年-1446年)のエピソードとして有名な話で、かいつまんで紹介するとこんな話だ。
とある寺院の建築にブルネレスキは図面も模型も持たずに突然現れて、
「僕に建築させてよ」と言い放つ。
当然、他の建築家たちからは、
「手ぶらで現れて何言ってんの?」と猛反発をくらう。
するとブルネレスキは、
「じゃぁさぁ、大理石の上に卵を立てられた人に建築を任せるってのはどうよ?」と訳の分からない提案をする。
どうせ誰もできはしないと思った建築家たちは、その妙な提案に乗っかる。
他の誰もが卵を立てることができない中、ブルネレスキは卵の底を潰して見事に卵を立たせて見せた。
しかし、当然のことながら、
「インチキじゃねぇか!」と叱責される。
そのときブルネレスキはこう言い放つ。
「気付けば誰だって出来ることでも、それを最初にやるのはとても難しいんだよ?」
続けて、
「もし、この場に図面を持ってきて見せていたら、あんたらパクったでしょ?」
と、華麗に切り返した。
誰でも思いつくなんでもないことでも、それを最初に実行することが重要

ホントかウソか判らない話だが、「誰も気付かないことを誰よりも先駆けてやる」ことの難しさを、ユーモアを交えたエピソードとして伝承されている。
因みに、右の写真がこのエピソードでブルネレスキが任された サンタ・マリーア・デル・フィオーレ大聖堂。どことなく卵が立ってるカタチに見えないだろうか。
さて、これが『 ブルネレスキのたまご 』であり、のちに「コロンブスの卵」として世間に広まっている話だが、何か事を成そうと思ったことがある人ならば、少なからず共感が得られるだろう。
実際、他人のアイデアをあたかも自分の手柄のように横取りする輩は少なくない。
「そんなの誰でも思いつく」
「昔から似た様なものはあった」
「誰にだってできる簡単なものだ」
などなど、後になって背後から石を投げつける卑怯者は、一歩踏み出す勇気が、新しいことを始める覚悟が、足りなかった。
その発想力や行動力、推進力、判断力、求心力、カリスマ性…或いはそのすべてが妬ましいし、羨ましいのだろう。
できていない人が、できた人に対して避難するなど、お門違いも甚だしい。自身を貶める、卑しめてるとは思わないのだろうか。
大事なのは思いついたとしても、それを実行に移せる人は少ないってこと。
大小に関わらず、何かをはじめるのはいろいろと骨が折れるし、誰もやりたがらない。
言うほど簡単ではないし、思ってるほど簡単じゃないからだ。
つまり実際に行動したという行為そのものが尊い。そういう状況の中で何かを成し遂げようとする行動することが尊いのだ。
願わくば、僕もユーモアを以て、そっち側の人間でありたいと思うわけです。そう、ブルネレスキがしたように。
ブルネレスキのたまご
というお話でした。